● バレンタイン草加煎餅(その3)
朝起きると泣いている。 悲しいからでは無い。
夢から現実に戻ってくる時、
跨ぎ超さなくてはいけない亀裂があり
僕は涙を流さずに そこを超えることは出来ない…by「世界の中心で愛をさけぶ」TV版より
久しぶりに、空腹感で目が覚めた。
昨夜、夕食を満足に食べさせて… いや、違う
昨夜、夕食が 上手く喉を通らなかったからだ。
(きっと そうに違いない…)
私は嫁のバレンタインチョコにイタズラをした。
参照:「バレンタイン草加煎餅」「バレンタイン草加煎餅(その2)」
嫁が入れるはずだったカシュ-ナッツを 私が密かに銀杏にすり替え、それが嫁にバレて怒られたのだ。
まぁ、確かに大人げない行為だったかもしれない。
居間で 目覚めのコ-ヒ-を飲みながら、新聞を読むフリしながら 嫁の様子を窺うと、どうやら まだ低気圧が頭上に漂い、雲行きが怪しい。
嫁は相変わらず不機嫌なのだ。
こういう時は 安易な行動や発言がキッカケで 地雷を踏んだように私はフッ飛ばされる。
私は そそくさと身支度を整え、
「ちょっと出かけてくる 晩ご飯頃には帰るから…」
嫁に そう言って家を出る。
とりあえず、こういう時は 間を空けるに限るのだ。
良い機会だと思い、私は本屋に行き、新刊をチェックしながら まとめ買いをし、その足でマンガ喫茶に行き 飲み放題のコ-ヒ-で空腹を癒しながら本を読んで時を過ごした。
しかし、フッと 今回の「バレンタインチョコ銀杏混入事件」の経緯を あらためて考えているうちに 色々と、釈然としない事実に気づく。
たとえば、確かに、チョコと銀杏はミスマッチの様に思える。
ところが、結果論と言えばそれまでだが 銀杏チョコが美味しい物であった事は 私の周囲の誰もが認める事実である。
と言う事は「お父さん ありがとう」と感謝しろ…とまでは言わないが、怒らなくてもいいのではないか?
それよりも、嫁は私という亭主がありながら 美容院やスポ-ツクラブの先生に チョコを贈るなんて どういう事だ?
それじたいが そもそも間違っているのだ。
そう思うと、昨夜の夕食の席で 完膚無きまでに「すいませんでした」と詫びた私は あまりにも哀れだ。
これはやはり、一家の長として ここはビシッと嫁に言って聞かさなければならない。
元々、私が詫びる話では無いのだ…という事に気がついた。
(今更…です)
さて、であれば… どうやって話を切りだして ビシッと言うか…、私は マンガ喫茶で悶々と飲み放題のコ-ヒ-を飲みながら 話の展開をシミュレ-トしながら考えた。
ある程度、考えがまとまった頃には 夕刻となっており、ちょうど夕飯前の時間に帰宅した。
自室で ビシッと言い渡す筋書きの おさらいをしつつ、最終確認をしていると 娘が
「晩ご飯 出来たって」
と 呼びに来た。
つとめて冷静に、そして威厳ある態度を示しつつ 食卓の席に着く。
今日は 3人、それぞれカレ-ライスだ。
(良かった 同じオカズだ… ホッとしている私がいた)
私は慎重に カレ-ライスを食べながら、ビシッと言い渡し始めるキッカケを狙っていた。
その時である。 不意に 娘が喋りだした。
「今日ね、チョコあげた人から チョコ美味しかったよ…って言われちゃった」
「誰にあげたの?」と嫁
「バイト先で一緒の ***クン。 結構、カッコイイんだ 優しいし…」と娘
(え? 誰だ その男?)
「ふぅ…ん 好きなの その人の事」と嫁。
(好きだぁ? 早い!、まだ早いぞ娘!)
「って言うか… 他にチョコあげたい人がいなかったんだよね」と娘
(それって、安易すぎやしないか?)
「そう でも、その人 ちゃんと食べてくれたんだ?」と嫁。
(当たり前だ 俺の娘のチョコだぞ)
「うん でね、美味しかった…って言ってくれたんだよ 優しいでしょ?」と娘
(そんなもんは 礼儀だ! 社交辞令だ!)
「そこで 不味かった…なんて言う様なバカなら お父さんに言え、締め上げてやるから」
思わず、私は無意識に会話に口を挟んでしまった。 その途端である。
冷たい視線が動く音が「ギロッ」としたかの如く、嫁は私を横目で睨みすえると
「アナタは 余計な事しなくていいの」と、一言。
娘は 嫁の険悪な雰囲気を気にもせず、
「やっぱ、銀杏に入れ直して正解だったよお父さん」
(ア・アウト… 娘よ、銀杏はNGワ-ドだ)
無邪気な笑顔で そう告げた。
私は 動きが固まった。
この段取りじゃ ビシッと言えそうも無い。
「そう言えば… アナタ、最近 倉庫(嫁はSOCOMの事を倉庫と呼ぶ)には行かないのね?」
「え? あぁ、あれ終わっちゃったんだ」
「えぇ? そうなの?」
「あぁ、オンライン・サ-ビスが終了してね、ネットでは遊べなくなっちゃったんだよ」
「なによ それ? 新しいソフト買えばいいじゃない」
「いやぁ…、これといって 興味が… ねぇ…」
「やれば、楽しくなるわよ 適当に、似たようなの買ってきて遊べば?」
「う・うん…」
「何かに夢中になっててくれないと 余計なイタズラしかしないんだから…」
ビシッと言うつもりが 逆にビシッと言われてしまった。
どうやら、今日は計画通りにはいきそうも無い。
今日の所は おとなしく過ごして他日を期そうと 私は ひたすらカレ-ライスを 黙々と食べた。
でも…、食べているうちに ひどく切なくなっていた。
だって、私のカレ-の中には 紛れもなく銀杏が入っていたからだ。
(今日もかよ… カレ-に銀杏かよ…(ToT))
朝起きると泣いている。 悲しいからでは無い。
夢から現実に戻ってくる時、
跨ぎ超さなくてはいけない亀裂があり
僕は涙を流さずに そこを超えることは出来ない…by「世界の中心で愛をさけぶ」TV版より


