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2005年01月14日

● 義務教育で教えて欲しいこと


冒頭に申し上げておくべき事がある。




世の中には 立派な教師、先生とよばれる方が少なくない事も知っているし、自分の中にも 御世話になった恩師と呼ぶ教師がいる。


しかし、中学、高校、大学… その10年間の私の学生生活の中で 私が知り合った同級生や先輩・後輩で、今現在、学校教師をしている者が、数えたらキリが無い程いるけれど その中に 立派な教師と呼べる人物は 一人もいない。


人格的に欠落していたり、教師が聖職だ…なんて 口が裂けても言えない奴もいるし、思想や責任感といった事において 非常に偏った者ばかりである。


私は中・高生のじぶん 例えば数学の授業で 複雑な方程式や 微積分などの授業を受けていて それが将来的に自分にとって なんの役に立つのか? 常に疑問を抱いていた。


数学じたいは嫌いな学科では無かったので パズルを解く感覚で楽しめたから 成績も そんなに悪いものでは無かったし、大学も理工系に進学した事を思えば 完全に否定する事は出来ないのだが…


卒業して 社会人を それなりの年数を経た結果で言えば「糞の役にもたたなかった」と言える。


別のコラムで 私はプログラマやSEに従事していた事は述べた。


そういう職種であれば 必須科目なんじゃないの?と、矛盾を感じる方もおられるかもしれない。


しかし、あえて申し上げるが 本当に必要だったのは 大学入試に合格するためだけで、大学入学後には 全くと言っていい程 必要としない知識だった。


教師達に言わせると 生徒それぞれの適性や好みは千差万別だから 中・高生の時代には あらゆる可能性を閉ざさぬ様に平均的な科目が必要だ…そうだ。


確かに、数学者や設計士など 高度な数学を求められる職種を望む者には 微積分どころで済むレベルでは無い。


しかし、そういう分野を望まぬ者には 全く、必要とはしないレベルを受験で要求するのは如何なものか?


これは何も最近の事例を指して言われている話では無い。


私が学生だった頃、私の親の世代である大人達が 既に疑問を呈していたのだ。


数年前、学校教育に「ゆとり」を持とう…という風潮が起き、その結果 円周率が3.14…から 3になった。


それについて 最近、いろんなところで賛否両論の声を聞く。


けどね、私は 円周率が3で計算されたって計算式や ロジックをきちんと覚えていれば どうでも良い事だと思う。


それよりも問題視したいのは「ゆとり教育」という言葉を 教師達が都合良く解釈して どんどんと無責任化している現実である。


個人的意見だが、義務教育期間において 教える必要性の無い科目が多いのと同時に 教えておかねばならない事なのに教えていない科目の多さがある。


たとえば、数学においては 微積分まで教えなくていいから、金利計算の仕組みぐらいは キッチリ叩き込んでおけ…と提案してみたい。


最近では あまりにも日常茶飯事になり過ぎたのか あまり聞かなくなったが、カ-ド破産、自己破産、サラ金も含めて闇金融の暴利な計算式の仕組み。


同様に 生命保険などの任意保険や 銀行預金の計算式、銀行ロ-ンや住宅金融公庫の金利計算式、そういったものをキチンと教えておくべきなんじゃないの?


微積分が解けても 十一(トイチ)や十五(トオゴ)なんて高金利で借金苦に陥っている人間が この世に沢山いるのは何故なんだろう?


もうひとつ 提案しておきたいのは 日本史、特に我が国の近代史(明治維新以降、特に第一次大戦以降の部分である)について 思想の偏りを抜いた上での歴史認識である。


歴史の教科書は 縄文・弥生文化から始まり 順に進んでいく。


そうすると 近代の日本史に差し掛かるのは いいとこ三学期であり、それまでの時代の授業のしわ寄せで時間数が足りずに端折る傾向が強く、そのせいか受験においても その時期からの出題が少なく、
出題されても おざなりの問題しか出ないので軽視されがちなのである。


しかも 教科書の厚さに対して 近代史を記すペ-ジ数は圧倒的に薄い。


そして、最悪な事は 一番、重要な歴史認識において 教師が自分の思想に偏った教え方をし過ぎている…事にある。


何故、第二次大戦に至ったのか? 靖国問題とは? 原爆は?


これに関しては 久米宏、古館一郎、筑紫哲也といったバカタレ共が 自分の思想認識で塗り固めた報道をするマスコミにも言える事。


まず、公平に事実を呈示し それを どのように受け止め、認識し、解釈する… そういう作業を なぜ、子供達や視聴者にさせないのか?


当然、そういうプロセスには 間違った認識=間違った教育 という意味で責任が伴う。


ところが、私の知る教師達は 皆、無責任野郎ばかりである。


だから、そういう責任が必要される事項には触れず「興味があるなら 自分で調べると良いよ」なんて誤魔化す。


中国や韓国どころか 朋友であるべきアメリカにおいて その近代史を自国の子供達に どう教えているかを考えてみるといい。


何故、昨年の夏 サッカ-の国際試合に絡んで 中国で反日行動が起きたのか?


韓流ドラマ・ブ-ムとやらで 観光ツア-に訪れる日本人のオバチャン共を 現地の人々が どう、受け止めているのか?


マスコミだって 元を正せば営利企業、サンケイ・グル-プや 読売グル-プ配下には ツア-会社もある。


テレビの映像 全てが正しいかどうか よく考えてみて欲しいと思うのだが、その時に 必要なのは 思想の偏らない公平な視点での 事実に基づいた歴史認識なのである。


ある人が 学校を卒業して社会人となるとする。


学校の中にいる限り 特殊なケ-スを除いて 先輩・後輩・同学年 縦横がスッキリしている人間関係だが、一般社会では 資格、地位、資産 等々… 人間関係の構成は 縦以外に斜めや歪んだものもある。


オンラインゲ-ムなんて世界で 長い期間、遊んでみて痛切に感じた事は 人間関係を構成する上で とても大切な一般常識やマナ-等が 不足していたり、欠けている人の多さである。


オンラインの世界では ハンドル(ID)さえあれば 年齢や学歴や地位や資産など関係なく公平な世界である。


しかし、そんな世界で人間関係を構築する為には 礼節と常識が大事となるのだが、礼節と常識 どちらの基本も教わる相手は親であり教師であって その上で、自分で学び 身につけるものである。


何度も言うが、私の知る教師達は その両方を大きく欠いた者ばかりである。


この事に関しては 私も立派な人物では無いと自覚しているから 偉そうな説教を述べるのは憚るべきかもしれないが、一石を投じるつもりで述べてみた。




『日本の近代史』関連の記事

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コメント

「名選手、名監督にあらず」でございます。
どしどし述べてやってください。(ていうか述べてますね×)

はじめまして、
ごめんくださいませ

学校の授業は入試のために必要な知識、、

ぼくもそう思っていました。

しかし、意外なところで役にたったりしました。数学が。

さすがに因数分解や微分積分なんかはいまだに活用していませんが

確率の計算なんかが少し役にたったかな(パチ屋で^^)

と、おもってます。

まぁそんな感じでやっぱり学校の知識も

誰かの何かに役にたっているのでわないかと、、、、、

>トクニナヲヒス 様
>す 様

コメント ありがとうございます。
今後も よろしくお願いします。^^

はじめて読ませてもらいました。
気になったのでコメントさせていただきます。
日本は先生の教育がなっていないと思います。
教える側にも教育が必要だと思います。
アメリカなどでは教師が受講料を払って人気教師の授業を受けているそうです。
でも、日本とアメリカでは先生の給料の差が違いすぎますから、何ともいえませんね。
教育者という職業の敷居をもっと高くするべき!と考えます。

私的で申し訳ないのですが、私の嫌いな知人・友人はだいたい「警察官・学校の先生・自衛隊」のどれかです。
一緒に飲むとだいたい腹立たしくなり、帰路につきます。

※初めての投稿で言いたい事を書いてしまいましたが
不適切なコメントであれば削除してくださっても結構です。

>通りすがり 様

コメントありがとうございます。

貴重なコメントですし、不適切とも思えませんので削除は致しません。

ただ…「通りすがり」という投稿者名は せっかくコメントの内容が貴重でも
印象が良くありませんし、管理者として せめて私にだけはハンドルでも
結構ですから何方か判った状態にして頂かないと 今後は内容の如何に関わらず、
削除する場合が大きいと御承知おき頂けますと幸いです。

>先生の教育がなってない

その御意見には 大いに同意します^^

「警察官・学校の先生」と 一緒に飲むとだいたい腹立たしくなるのも
大いに同意します^^

しかし、「自衛隊」に関しては 私は内容や状況にもよりますが、基本的に
擁護的考えの持ち主ですから 今後も、何かの記述において 自衛隊擁護の
記述を行っていく物と大いに考えます。

従いまして、もし「通りすがり」さんが 自衛隊に対し、否定的な考えの
持ち主であられるならば 不快に思われる掲示が 今後、このBlog内には
沢山、生じる可能性が大なので その事も御承知の上で 再訪頂くかどうかを
御判断願いたいと存じます。


 先生の教育がなってないかは知りませんが、ある種の思想教育をやたらと強く受けてしまっている感はぬぐえませんね。
特に政治・外交・軍事問題については、まったく見当はずれな決めつけが私の少年時代の教科書に多々見られました。特に共産主義国家への評価は今では想像もつかないものでした。
 去年の話ですが、私の住む地域で、ある社会科テストでおきた事件です。「国家にとって軍隊は必要と思うか。またその理由は何か」というような趣旨の設問に対し、「軍隊廃止論」を唱えなかった回答をすべて×にするという暴挙に出た社会科教師があらわれました。
 この設問の意図は、軍隊は不要!と決め付けることではなく、生徒自身に考える機会を作るための設問だったのです。ですから、もちろん軍隊廃止論もひとつの議論として認められるべきものですが、必要論も同じです。
生徒の回答をチェックした問題の教師は、ある種の思想で凝り固まっていたため、答え自体を歪曲したという事件です。
国家にとって軍隊が必要か否かという問題は固定観念で決め付けられるべき単純な問題ではないので、PTA会議で大問題になりました。
 大日本帝国時代に日本軍は政府の意図を超えて暴走し、また日本政府も憲兵の力を使い、国民を思想教育と言論統制、恐怖政治的な弾圧により国民を統制・支配していました。
 ここに軍隊に対する不信感を持つ発端があることは間違いないでしょうが、だからといって軍隊が消えれば戦争がなくなると本気で考えている指導者や教育者が多数いることは、日本にとって国民にとって本当に利益になるのでしょうか? 

誰の台詞だった覚えていないのですが…

「日本は理想的な社会主義国家だ」

そう言った人がいました。

微妙に違うとは思うのですが、言い得て妙の皮肉と思いました^^

家系的に代々軍人家庭で、父親がコテコテの自衛官だった我が家は
昔、生協で買い物する事が出来ない時代がありました。
(ホントだよ^^ 入会申し込みの職業欄に「自衛官」って書いたら 断られた時代があったんだ)

ある小学校の時の担任は 家庭訪問に来ませんでした^^
(これもホント 「君の家は自衛隊官舎だから行かない」 そう、言われました^^)

竜飛に住んでいた時、青函トンネル公団の補助金を受けている診療所、保育所、売店 等には 自衛隊関係の家族は立ち入りさせて貰えませんでした。

にも関わらず、選挙が近づくと その時だけは 社会党や共産党の関係者が 作り笑顔で「清き一票を私に…」と 官舎や駐屯地の周辺で声を張り上げておりました^^;

幼少の折から そんなクダラナイ方々や話に触れますと どうしてもヒネくれたオッサンが出来上がります。

良い意味でも、悪い意味でも 思想に偏った人間が教育者になるべきでは無いと 私は思います。

教育者は あくまでも事象を中立的に羅列して生徒に与え、それを どう解釈するかは生徒に任せるべきです。

これは マスコミに対しても同じ事を言いたい。

そうでなければ「洗脳」とか「マインド・コントロ-ル」と同じだと思うわけです。

以上は個人的な意見です^^;


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