● 世界の中心で愛をさけぶ 第3話
TV版「世界の中心で愛をさけぶ」は 特別編を入れると全部で12話ある。
その中には いくつも心に残り、私の涙腺という涙のダムを崩壊させたシ-ンがある。
正直、言って 第2話までは 臨時放水までは行っても ダムの崩壊までには至らなかったが、第3話では完全に崩壊した。
私の母が亡くなった時、私の父は その死の瞬間から葬儀が終わるまで 一度も泣かなかった。
TVや映画で 悲しい話に触れると 簡単に無く父で、夫婦仲が悪かったわけでは無い。
脳溢血で呆気なく亡くなったから 実感が湧かなかったのか? いや、そうでもない。
ず~っと 怒った様な顔のまま、だからと言って 言葉を荒げるわけでもなく。
その父が 初めて泣いたのが49日の法要が終わり、納骨を済ませた直後だった。
私は その理由を しばらくの間、父に聞くことが出来ず、その事を どうしても忘れる事が出来なかった。
しばらくの後、ある時、義父と二人きりで世間話をしていて つい、その話をしてしまい 義父に
「何故、ウチのオヤジは泣かなかったんだろう?」
聞いた事がある。
その時に 義父は言った。
「あ~ 俺も、オフクロが死んだ時 そうだったなぁ…。 何故か、無性に悲しい時って その悲しさが限度を超えると逆に泣けないんじゃないかな? 少なくとも その時、俺は そうだった」
「限界を超えた悲しみ…って事ですか?」
「うん、そうとしか 他に理由が見つからない。 しかしな、それも しばらくして 何かのキッカケで ブッ壊れた様に泣くんだよな」
「オヤジさんも そうだったの?」
「うん、家が古くなって どうしても建て替えなきゃ…って時に 家財整理してたら いろんな遺品が出てきてな、それ見てたら いきなり ブワァッと…」
それから数年後、父が脳梗塞でポックリ死んだ。
納棺から葬儀一切が終了するまで、そしてその後も 私は泣けなかった。
そして49日の法要の後、納骨して帰宅し、ある事に気づいた途端、どうしようもなく泣けた。
それまでは仏壇の前に 父のお骨が据えてあったのだ。
しかし、納骨して帰宅した時には 当然、その場所には お骨は無い。
その瞬間、父は死んだと実感した。 そう、実感したら 無性に泣けたのだ。
第3話で 廃駅で散骨するシ-ンがある。
それまで、サクは泣かない。
その後、自転車のペダルの軽さに気づき 祖父の死を実感し泣く。
そうなんだよ、俺も そんな感じだったんだよ…
まざまざと記憶が蘇り、私の涙腺は決壊した。
TV版「世界の中心で愛をさけぶ」の脚本家と演出家は 実に、その辺の心情描写が上手い。
物語全体の構成もそうだが、なんでもないシ-ンの中の 何気ない会話のセリフや仕草の中に 実に細かく その伏線を埋めてある。
何故、17年間 サクが骨を持っていたのか?(撒けなかったのか?)
その答えのひとつが 第三話で 何故、祖父の骨は撒く事が出来たのか?…と 視点を変えると判る。
簡単に言えば、「アキが背中を押したから」なのであり、そのアキの骨を撒こうにも 背中を押してくれる人がいないから撒けなかったのだ… そう私は愚考する。
アキが死んだ事実を受け止めきれず、それを確認するためのアイテムが骨だった。
しかし、その骨を持って確認し続けたにも関わらず、17年間 納得出来ていなかった… なんてね。
私は 父の骨箱が仏壇の前から消えて 初めて理解出来たのだ。
だから、強引とか ブタネコ独自の解釈だと言われても そう解釈してしまう。
だから、滂沱の涙を流すのだ。
そんな私の内情など 嫁や娘は知らない。
TVの前で しゃくり上げて泣く私を遠目に
「お母さん、お父さん 壊れてるよ」
「水道局に電話して 配管直さなきゃ駄目なんじゃない?」
って会話を交わしている事だけは しっかりと耳にした。
私は 基本的に神とか宗教は信じていない。
画面の中で 泣き崩れるサクを アキが素晴らしく優しい微笑みで抱きかかえている。
そのシ-ンを泣きながら観て
「こういうのを「菩薩」とか「マリア」って言うのかな? だったら、宗教も悪くないかも…」
と思い、早速 携帯の待ち受け画面を「綾瀬はるか」の画像をダウンロ-ドした。
それほど このシ-ンの「綾瀬はるか」は もの凄く可愛い。
数日後、寝言で「はるか~」と呟き 嫁に蹴られた。
