● 備中高梁(岡山県)
以前、別のコラムで 私は「横溝正史」の金田一耕助シリ-ズのファンだと述べた。
横溝氏は戦時中から戦後しばらく 岡山県の総社市近郊に疎開しており、その為か 金田一耕助シリ-ズの初期の傑作の殆どは岡山周辺が舞台となっている。
市川崑が監督して制作された角川映画の「金田一耕助シリ-ズ」は 原作に ほぼ忠実で、映像の舞台となったのも岡山周辺だった。
スト-リ-じたいが連続殺人の起こる探偵物という事もあって 独特の おどろおどろしさを醸し出していたが 映像の舞台となっている中国地方の景色は 北国育ちの私には新鮮で、「一度は現地に行って 歩き回って 自分の目で見てみたい」という願望が強くなった。
今、思えば 私が日本国内を飛び回る様に仕事をしていたのも この頃の願望による趣味と実益を兼ねた結果とも思える。
なにかの映画のパンフレットに 撮影地情報が記載されているものがあり、そこに「岡山県高梁市」と記載があった。
その地名は 私の脳内の「私が必ず行ってみる場所」リストに濃い太字で記載されており、数年後 念願適って数日間を岡山で過ごすスケジュ-ルが取れた時、真っ先に訪れた。
真夏の やたらと暑い日で、「歩き回る」には非常に厳しい日だった。
駅前でレンタカ-を借りようとも思ったが、地理に不案内だし 今のようにナビゲ-ション・システムなど無い時代。
どうしたもんかと 駅前の大きな観光掲示板を眺めていたら 背後から声をかけられた。
「お兄さん 観光かい? もしよければ、タクシ-の時間貸し切り乗ってみないかい?」
振り返ると 人の良さそうな笑顔の 会社の制服に身を包んだタクシ-の運転手氏。
「3時間 5000円でどう? 行きたい場所があるのなら 大抵のところは案内できるよ」
レンタカ-を借りれば なんだかんだで1万5千円はかかる、良いプランかもしれないと頼む事にした。
私は 運転手氏に
「映画の舞台になった場所に行きたいんです。 具体的に住所を知っているわけじゃないんだけど…」
すると、運転手氏は
「あ、じゃぁ 近いところから回っていこう まずは”ヒロシの実家ね”」
私は まだ映画の題名を告げてない。
にも関わらず、車は動き出した。
(ヒロシって どの作品に登場したっけ…? ”八墓村”? ”悪魔の手毬歌”? いや… もしかしたら”本陣殺人事件”か…?)
数分後、一軒の住宅の前に車が着いた。
確かに、その家には見覚えがある。
「お客さん どこから来たの? え? 札幌? いやぁ、ファンの人は多いけど 札幌の人は初めてだなぁ… ここがね、ヒロシの実家に使われた家、ほら お父さん役の志村喬が植木に水をやって…」
ってオイ! そりゃ「男はつらいよ」 寅さんじゃん。 ヒロシって 妹の”サクラ”の旦那で 前田吟っじゃん…。
あらためて周囲を見回すと「寅さん記念館 ○キロ先」と矢印看板が立っている。
「あれ? お客さん「寅さん」の映画のファンじゃないの?」
私は苦笑しつつ、
「いや、私は「男はつらいよ」も好きで毎回欠かさず観てるけど、今回は横溝正史の映画の方で…」
と言うと、運転手氏は 一瞬、きょとんとしつつも
「あ、そう… そうなの? いや、嬉しいなぁ… 私もね 好きなのよ横溝正史。 いやぁ、嬉しいなぁ… わざわざ見に来たの ここまで? いやぁ嬉しいなぁ…」
それから聞いた話では 運転手氏は撮影隊の契約運転手をしていたそうで 撮影地に関して実に詳しい。
「ここが、杖ついた婆さんと 金田一耕助が峠でスレ違うシ-ンのとこ」
「ほら ここから見下ろした景色が 悪魔の手毬歌の…」
約束の3時間はアッと言う間に過ぎたが、「昼飯奢ってくれたら 五時迄乗せてあげるよ」と 信じられないぐらいありがたい取引を持ちかけられ 運転手氏行きつけの うどん屋に行ったのだが、それが また美味で…。
私にとって この小旅行は とっても有意義な旅だった。
最終的には その日の私の宿泊が倉敷のホテルだと告げると さらに時間オ-バ-なのに ホテルまで送ってくれさえもした。
別れ際、その運転手氏の住所を聞き、後日 札幌に戻ってから 岡山では手に入り難そうな北海道の海産物を御礼に送り、以来、今日まで年賀状のやりとりをするお付き合いを頂いている。
その方が、岡山県で最初に知古を得た友人となった。
以来、岡山という土地が大好きなのも たぶんにその方のお陰だとも思うが、映画や本の舞台となった地を訪れる…という楽しみ方は
「どこか旅したいなぁ…」
と思った時に その行く先を決める大きな選択肢になったのは その岡山が最初だったからに他ならない。
【参考サイト】:社団法人 高梁市観光協会


