● もっと揉めろ、朝日とNHK
朝日新聞とNHKが揉めている… 大変、結構な話だと思う。
何故なら、私は その双方が大嫌いだからだ。
双方とも「公正中立」なメディアと称しながら 実際には偏向した報道を行ってきた事を知っているからだ。
そもそも、報道は 事実を正確に羅列して視聴者に伝える事が原則のはずである。
しかし、朝日新聞やNHKに限らず 他の大手マスコミは 時々、「事実の正確な羅列」を怠り、片方の意見に対して新聞社(もしくはTV局)の見解を「報道」として視聴者に送る。
例えば、何かの事件があって その当事者に取材インタビュ-を行ったとする。
仮に それが15分間にわたって いろんな質疑応答が行われたとしても、実際に画面や紙面に15分間の全てのやりとりを掲載する事など無い。
せいぜい2・3分 原稿用紙4・5枚ぶんだけである。
TVには放送時間、新聞なら紙面の都合があるから 全部を詰め込む事が出来ないのは仕方が無い。
だから、「編集」されるのも仕方が無い。
ところが、15分のものが「編集」されて3分の映像になるのか?と言えば 実際には1分か1分半で 残りの時間には「視聴者に判りやすくする…」という名目で「解説」や 微妙な修正が加味されている。
その加味された部分が 実は問題なのだ。
表面上は「人権」とか「世論」とか「常識」というオブラ-トに包んで 実は「特定の思想」や「編集者個人の感想」に微妙に公正中立という方向からベクトルが変えられている事が多いのである。
今回の朝日新聞とNHKの争いには 先行きに、実に興味深く楽しみにしている事がある。
というのは 双方が相手に対して「謝罪の報道をせよ」と言っている点にある。
松本サリン事件の時に注目された事だが、後日になって 報道の内容に事実誤認があった場合、TVや新聞の謝罪報道って 非常に小さかったり、ほんの数秒で終わる事にある。
「責任ある仕事」と 自らが公言しておきながら 新聞の一面に太い活字で「犯人逮捕…」と 実名を晒しておきながら 後日、その人が犯人じゃ無かったと判明した時 その訂正記事は?と言えば 誰も読まない様なペ-ジの片隅に 小さな活字で載せるだけなのである。
一面の下の段でいいから、そこそこの大きさの活字で「すいませんでした」と書くような訂正記事など いまだ見た事がない。
でも、現実に 誤報など間違った記事は よくある事だ。
「責任ある仕事」と公言するならば 非を認める時こそ、毅然と対応すべきと考えるし、そうしてこそ 正確な事実の羅列じゃないか?と思うのだ。
今回の争いは マスコミ同士の争いであるから その「謝罪報道」が どう行われるのかに興味が沸く。
それにしても笑えなかったのは 昨夜の朝日新聞側の記者会見である。
「本来であれば この会見で細かく申し上げたい事があるが 提訴になる可能性があるので話せない…」
という主旨の説明を広報担当の役員が言っていたが、事件報道の際に 同じ様な内容の説明をする当事者に 朝日やNHKの記者は
「それじゃ国民は納得しない」
「事実をきちんと明らかにしろ」
そう叫んできたじゃんないのか?
自分のとこが そんな姿勢で 今後、よその事件の際には また そう叫ぶのか?
そういうところに「本音」と「タテマエ」を感じる。
「公正中立」な新聞社が「本音」と「タテマエ」を 使い分ける様ではオシマイである。


