● 世界の中心で愛をさけぶ 第10話
もうね…、駄目です。
調子に乗って始めた「世界の中心で愛をさけぶ」のブタネコ感想文ですが…
あらためてTV版のDVDを見直しながら書いてるんですが、駄目です。
涙が止まらないんです。
なんて凄いドラマ作ってくれたかなぁ…
原作を読んだ時は ホロッとしかこなかったんです。
映画を観た時は ポロポロとしか泣かなかったんです。
でもね、ドラマは もう ヴワ~ッなんです。
それも、乾く暇もなく。
前にも言いましたが、原作読んで ホロッとはしたけど、ムカッときたとこもあったんです。
だから、オンタイムで放送していた時は観てなかったんです。
PS2のSOCOMオンラインで遊ぶか オリンピック観てたんです。
「セカチュ-? クダラネェもん観てんじゃねぇよ」
そんなセリフを 当時、オンタイムでTV版「世界の中心で愛をさけぶ」にハマって泣いていた嫁や娘に言いました。
「日本人ならな オリンピックの表彰台で上がった日の丸を見ながら 君が代を一緒に歌って泣け」
そんなセリフも言いました。 ハイ。
視聴率という点から言って 一切、貢献なんかしていません。
娘がTV録画したビデオも 全く観ませんでした。
しかしね、今思えば それで良かったと思ってます。
オンタイムで観てたら 早く続きが観たくてイライラしてたと思うんです。
DVD-BOX買って1話から11話+特別編 ブッ通しで観て良かったんです… きっと。
5話までのサクとアキの楽しかった日々、そして6話以降の アキが入院してからの流れ…
私の頭蓋骨の中の どこに こんなに溜まっていたんだ?と 驚くぐらい涙が流れます。
正直言って、忘れていたわけじゃないけれど 記憶の片隅に鍵をかけてしまっておいた様な亡き友の記憶を 思いっきり引っ張り出されて「思い出せ!」と怒られた気分にもなりました。
数日前に その気持ちを嫁に話したら、嫁もオンタイムで観ていて「そう思った」と言いました。
「もし 亡き友が生きていたら…」
こういう事に「もし」とか「たら」は禁句です。
でもね、あらためて何か供養をしてあげたい… 本当に そう思いました。
亡き友… 彼女はウルルみたいな所に行きたい…って感じの事は言いませんでしたが、彼女は彼女なりに 残り少なくなる寿命と比例するように どんどん規模が小さくなる夢を抱き、それを心の支えに生き続けようとしてました。
世界を飛び回りたいと言っていたアキが ウチに来ることが夢だと語る。
たぶん、現実を受け入れていくと こう言う事なのだが…
と、サクのナレ-ションがありますが、まさに、その通りでした。
日が経つにつれて 夢は どんどん現実的な小さくて身近なものに変わっていくんです。
それを 僕達、友達は笑って聞いてあげてたんだけど 見舞いを終えて 病院から家に帰る道すがら、その変貌に言葉を無くしていたんです。
人生とは? 生きるとは? 死とは?
もの凄く考えさせられましたが、答えは見つかりませんでした。
でも、ハッキリした答えではないけれど 光明だけは彼女から教えて貰ったつもりです。
生きている間は それを思いっきり楽しみ、時間を無意味に、無駄に過ごさぬ事。
そして、どんなにクダラナイ事でも やる時には真剣に楽しみながらする事。
日頃から そう心がけていないと いざ、亡き友の様な状況に見舞われた時、己を嘆き悲しむばかりになってしまう…と。
亡き友は それは最初は嘆き悲しんでいましたが、すぐに微笑み続ける様になった。
それを彼女は「悟ったの」とだけしか言わなかったけど あらためてTV版「世界の中心で…」を観て 僕達、同級生への優しさだったのだと気づきました。
そして、何気ないある時に
「私は神様なんか信じない、宗教なんか大嫌い」と怒り、「もしも本当に神様がいるのなら、私が恨むべき相手がいるとしたら それは神ね」と言ったのを ハッキリと覚えてます。
今、思えば それが私の宗教嫌いの「トラウマ」かもしれない。
それぐらいに説得力があったんだ。
アキは「天国なんて無い。」「あの世なんて無い」と語る。
もうね、勘弁してくれよ…と 土下座したくなるぐらい 私の記憶とオ-バ-ラップする。
でもね、今回 つくづく思いました。
たまに 思いっきり泣いた方がいいですね。
というか、思いっきり泣く事、それは 絶対に必要な事なんだと知りました。
思いっきり泣くと 凄く素直で優しくなれます。
そう、娘から「キモイ」とか「ウザイ」と言われるぐらいにね。


